#1 - 2023-8-27 16:04
仓猫
いつものテラス席でのこと。冬月がカップ式自動販売機の前で固まっていた。

「どうした?」

聞くと、冬月は困ったように笑った。

「いつものミルクティーが売り切れているようです」

なるほど。目が見えない冬月はミルクティーのボタンの位置を覚えて、いつもそれを買っていたけれど。今回はその手段が使えないわけか。

「じゃあ……他のを買う?コーヒーとかジュースとか、言ってもらえたら押すよ」

そう言うと、「そうですねえ」と冬月はあごに手を添えて少しの間考えた。

考えたと思ったら、えい、と適当にボタンを押したのだ。

「え。いいの?」

「いいんです。たまにはこういうことをしてみたいじゃないですか」

してみたいじゃないですか、と言われても、目をつむって適当に飲み物を買おうなんて思ったことなんかないわけで。

「あ、私が何を買ったか言わないでくださいよ」

カップに何が注がれているか、楽しすうにしている冬月は、後ろ手に組んで、鼻歌交じりに左右に摇れている。

自動販売機からカップを取り出すとき、シュワシュワ……と音がした。

その音を冬月も聞いたのか、一瞬 、固まる。

「どうした?」

「いえいえ。お待たせしました。座りましょう」

冬月は机に置いたカップをじっと見つめるかのようにうつむいていた。

「飲まないの?」

「なんだか、嫌な予感がします」

適当に押さなきゃよかったのに……そんなことを思っていると、冬月は意を決した樣子でカップのジュースを飲んだ。

そして、ひと口飲むと、カップを置いて目開を見いて震えていた。

「どうしたどうした」

「自動販売機ってロシアンルーレットって言ったじゃないですか。私、炭酸が飲めなくて、炭酸に当たっちゃったら、喉が燒けそうになるんです」

「ロシアンルーレットしなきゃよかったのに」

冬月のカップには栄養満点な雰囲気漂う黄色い炭酸がちいさい泡を立てている。

炭酸に相当弱いのか、冬月はまだ、うう~と口に手を添えて悶絶していた。

「かけるくん、ごめんなさい……飲んでいただけないでしょうか」

これ以上飲めないことを悟ったのだろう。それに捨てるのも憚られるのだろう。

飲んでくれないか、と冬月は僕に頼ってきた。

「べつにいいけど……」

そう言いながらカップを受け取る。

黄色いしゅわしゅわが手の中にある。冬月のリップのような跡がカップについている。

……これ。

間接キスなのでは?

そう意識すれば負けな気がするし、気がつかないふりして唇を重ねたとしても、負けな気がした。

「ごめんなさい~」と冬月は言う。

仕方ない……そう思って、僕はカップをあおった。

口の中にあまい炭酸がはじけていた。

《彼女は炭酸が飲めない 了》