2024-5-12 01:54 /


2話 ガリレオ裁判の真相

だから、不確かなものを確かなことみたいに語る中学の先生の得意げなあの顔と、「思い込みで真実を捻じ曲げてはいけない」なんて言いながらフィクションを信じきっていたあの声は、胸の中の目立つところに置いておいた方が良い。つい自分の正義みたいなものを掲げたくなったとき、きちんと目に触れるように。

5話 指輪を差し出した彼と、私は二年後に結婚する

「多少は。でも、それは関係ない。私だって、貴方の心配をしても良いでしよ?」「できるだけ愛さんには心配をかけないようにやってるっていうのが、オレのささやかなプライドなんだけどね」「それが心配なんだよ。心配をかけないようにするのが」どうしたところで、親は子の心配をするものなのだろう。楓みたいに、いかにも「オレは大丈夫」という風に振舞っている子だって。本当はもっと、根掘り葉掘り楓のことを尋ねたいんだ。

10話 ジャバウォック現象とそのルールの考察

「そうでしょ。話してみないとわからないのに、勝手に無駄だって決めちゃうのは、相手を馬鹿にしてるんだと思う」

「僕だってホー厶ルー厶で、ミヨちゃんはだめだなんて言われたら、たぶん泣いちゃうんだよ。上手く言えないんだけど、なんだか悔しくて。そこは問題じゃないのに、問題だって決めつけられて、これまでのことが否定される感じがして。僕が傷ついていたなんて噓なのに、事実みたいになるのが悔しいんだ。泣いちゃうくらい悔しいんだよ」

誰かが正義を語り、その正義が受け入れられたとき、世界は欠ける。どれだけ正しかろうが、間違っていようが関係なく、とにかく一度受け入れられた正義への反論や検証は許されなくなっていく。違和感を覚えた誰かがそれを口にしたなら、「あなたは間違ってるんだ」「時代に合っていないんだよ」と切り捨てられる。あるいはその反論自体が、もう大勢の目に触れられなくなる。それは本当にジャバウォック現象と同じように、ひとつの正義が決まってしまうと、別の正義の可能性は初めからないものだとして処理される。

12話 ふたつのジャバウォック

世の中のすべての悲しみを避けて歩くのも、なんだか気持ちの悪いことのような気がした。そこにもある種の、世界の欠陥がある。

17話 誰が為の怪物

ジャバウォックのようなもの。昂揚した議論のたまもの。それは感情的に正しいものを求め、その他を拒絶し、世界を欠落させていく。

18話 視点と横顔

血の繋がりがなんだっていうの?ーーそうんな風に言えたらよかった。けれど私の口からそれを言えるはずもなかった。

19話 その愛情に名前がなくても

「楓の母親はまるで自分を愛するように、楓を愛していたよ」

私にはその女性の価値観を、理解できるような気がした。私の根っこにもある、冬明は私のものだという傲慢な感覚によく似ていた。まるで自分に言い聞かせるよう英哉さんは言った。「愛情を解体しないといけないんだよ。それは新しい家を建てる前に、古い家を更地に戻すようなことなんだ。バールで壁や柱を打ち壊すようなことなんだ。その場所に正常な愛情を築くために、知らないうちに生まれていた歪な愛情を解体しないといけないんだ」

ーー楓の母親は、まるで自分を愛するように、楓を愛していたよ。そう英哉さんは言っていた。なら、自傷するように、この子を傷つけて良いと思っているのだろうか。

キササゲの正体がこの子の肉親だったとしても関係ない。私と貴方に血の繋がりがなくても関係ない。そんな風に言えればよかった。なのに私にはそれができなかった。どうして?理由なんて、ひとつもないのに。本当に、ただのひとつも。血の繋がりなんてものに呪われる必要なんて、どこにもないはずなのに、私はその呪いに縛られていた。家族とはなんだろう。血の繋がりとはなんだろう。私にはそれを、まだ解体できない。

なのに、楓は言った。「それでもオレは、愛さんのことを、家族だと思っていていいのかな?」気がつけば、涙があふれていた。それは私が言うべき言葉だった。私が、なけなしの意地を、最後に張っていなければならないことだった。「当たり前だよ。そんなの、当たり前だ」

私には、この子の母親を名乗る資格なんてない。この子の前で泣いている場合じゃないのに。情けなく声を上ずらせている場合じゃないのに。私は当然、この子に与えなければならないものを、なにも与えられないでいるのに。それでも、楓を愛していた。冬明に向ける愛情とは、その形が違っても。親子のようにわかりやすい呼び名がなくても、楓は世界中の他の誰とも違う特別なひとりだった。名前さえ必要のない、前提条件のないものが、ここにはたしかにある。

20話 バールのようなもの

「つまり、ただ投げ捨てればいいってことじゃないんだ。作り直すために壊すんだ。それが、バールの役割なんだ」

もしかしたらジャバウォックは、そのふたつの境界で生まれたのかもしれない。オレは個人的な正義を世界におしつけ、世界は無責任な正義をオレにおしつける。本当は繋がらないふたつを強引に接続し、実態のない、たとえば「常識」みたいな言葉でまとめてしまった不気味なものの名前が、ジャバウォックだったのかもしれない。

エピローグ

ジャバウォックはオレたちから様々なものを奪っていき、オレたちはその中のいくつかを取り戻した。そしてオレは、家族ってものへの憧れを思い出した。まとめてしまうと、この数か月間の出来事は、それだけのことなんだろう。

これまでオレが、そう言えなかったのは、やっぱりオレの中のなにかが欠けていたからなんだろう。ジャバウォックなんて関係なく、オレ自身の問題として。家族というのはまるで、「常識」ってやつの強固な象徴みたいに感じていた。本当はなんの根拠もないのに、当然正しいものとして世の中からおしつけられているようだった。でも、常識なんてものに頼らなくても、オレは自分の感情で家族という名前のそれを愛せるんだとわかった。

オレたちはこれからも、ジャバウォックがいる世界で暮らす。欠け続けていく世界で、それでもたまにはなにかを取り戻したり、新たに獲得したりしながら。それはきっと当たり前で、だからここは、悲しいだけの世界じゃない。
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