#1 - 2024-4-13 12:12
仓猫
小指の意味

「このメンバーで焼肉ってどうなの?」

年明け、合同イべントの打ち上げが開催された。

「梢はいいと思いましゅよ」

横に座る同業者新山梢がお米を食ベながら肯定する。彼女と、対面に座る二人の四人テープルで網を囲んでいる。

「はい、よしおかん、お肉よ」

「ありがと、稀莉ちゃん。うーん、美味しい- 稀莉ちゃんがつくった料理は最高だね」

「えへへ、それほどでも」

「なんなの、あいつら!?対面でイチャイチャするな!」

対面は、これっきりラジオを担当するパーソナリティの二人だ。佐久間稀莉と吉岡奏絵の十歳差のコンビ。

あと、焼肉を焼くだけで料理と言わないでほしい。

「イチャついてないよ、唯奈ちゃん」

「そうよ、唯奈。あっ奏絵、ほっペにご飯粒ついてるわよ。ぱくっ」

「ありがと、とってくれて。ほら、ウㄧロン茶飲んで」

「ごくごく」

「そういうところよ!」

合同イベントでもイチャつきまくっていたが、イべントが終わっても相変わらずだ。

「もう、このテープル嫌なんだけど!」

「じゃあ、唯奈しゃんはあっちのテープルにいくんでしゆか」

梢が、隣のテープルをちらりと見た。そっちにも合同イべントで共演したメンバーがいるのだが。

「もう、何で私はもてないのよおおお。魅力がないの? こんなにナイスバディなのに!?」

「ぎゃははは、脱げ脱げI」

「……脱いじゃう? 私、着瘦せするタイプなのよ?」

「草」

「こんなとこで馱目ですよ!」

「おいおい、ペったんこが何か言っているよ」

「喧嘩だ、喧嘩。あやすけ! お前も脱げーㄧ」

「あれ~~~」

「大草原」

「もう、誰かとめてくださいーー!」

大荒れで、収拾がつかない状況だった。酔いすぎている。一人冷静な篠塚さんがただただ可哀そうだった。

「……こっちでいい」

私がそう言うと「でしゅよね」と嬉しそうに笑った。

新山梢。こいつは独特な甘い声と、食い意地が強いだけの声優ではない。

——やたらと気が利く。

今回の焼肉では率先して注文をまとめ、焼くのもどんどんやってくれる。そして、ちょうど良い焼き加減で取り分けてくれるのだ。

「こういう時、年下が焼くもんじゃない?」

この中では私と、稀莉が十代で年下だ。吉岡奏絵もその事実に気づき、すかさず謝る。

「そうだよ、ごめんね梢ちゃん」

「いえいえ、私は焼肉奉行でしゆから」

エへンと胸を張る。焼肉だけでなく、鍋奉行もたこ焼き、お好み焼き奉行も彼女ならしてしまうだろう。

観察していると、彼女の強みはそれだけじゃないことがわかる。彼女は独特な世界を持っているようで、話を振るのも上手い。

「で、ずっと聞きたかったんでしゅが、稀莉さんの小指のリング可愛いでしゅね」

「はっ、ビンキーリング?」

初めて知る事実に動揺を隠せない。確かに見てみると、稀莉の小指に光るものがあった。

「…あれ、唯奈ちゃん知らなかったんだ」

「プチ炎上したわよね」

「誰がさせたと思っているのかな、稀莉ちゃん」

梢もニヤ二ヤと嬉しそうに二人の様子を脁めている。あれ?

知らなかったのは私だけ。何があったというの!?

「稀莉、そのピンキーリングは誰がくれたの?」

「大好きな人です」

大好きな、人? 稀莉が横の人物を見て、そいつは目を逸らした。

「あ~あつい。あつすぎでしゅ」

「……吉岡奏絵、そろそろ外に出て涼みに行きましょうか」

「行かないよ!? 怖い、何されるの私!?」

それは、あんたの返答次第よ。

「稀莉! 私も何かあげる! 何が欲しい? ネックレス? イャリング? 土地?  車?  石油? 」

「声のボリュㄧムを……抑えてもらうことかな……」

「……現実的!」

私には何も求めないっていうの!? 抗議しようとしたら梢が勢いを削いだ。

「いいじゃないでしゆか、私も右手の小指につけてましゅよ」

「わーかわいい」

「右手の小指につけると魅力を引き出せるんでしゅ」

表現力が豊かになり、自分の魅力をアピIルする力が増すらしい。「自分らしく輝きたい」という意味があり、役者の私たちにはぴったりだなと思った。……あれ? でも稀莉が身に着けているのは右手じャ、ない。

「稀莉は左手につけているわね。……右と左で何か意味が違うわけ?」

「……えㄧっと、その……」

吉岡奏絵が言い淀んだので、すかさずググった。

左手小指のピンキーリングは、今ある幸せが逃げないようにする効果があります!

恋人や職場などの関係を、さらに強固にしたい人におすすめです♪

——現在の幸せが続くことを願う、そんな人は左手小指にリングをしましょう!

「…………ふーん」

……ぐつ、ぐつぐつ…………ぶわっ!

「ああ? 豚トロがフアイアしている!」

「ええ、大炎上よ!」

「火、火を弱めないとでしゅ」

「……吉岡奏絵さん、ちょっといいかしら。表に出ましょう」

「怖い怖い唯奈ちゃんの顔が怖い! 梢ちゃん、氷。唯奈ちゃんを鎮火して!」

「あら、頭を冷やすのはどちらかしら?」

「みんなでの焼肉は楽しいでしゅね」

「梢ちゃん、その感想はおかしいよ! うわ、助けて、唯奈ちゃん連れてかないで! 稀莉ちゃんもこれ見よがしに小指をアピールしないで、うわああああ……」

その後、梢が注文した焼肉屋特製のかき氷のおかげで、私の怒りはちょっとだけ冷えたのであった。

気が利きすぎて、本当に怖いのは「私じゃない!」と思うのであった。