1988年9月18日、岩手県と秋田県の県境に位置する山村「山臥村」が大規模な地震により崩壊、折からの台風と、交通の便の悪さにより救助活動が大幅に遅れ村人の死者行方不明者300人以上に及ぶ大惨事となった。
人口1000人に満たない村の人口の半数以上の死傷者を出したこの災害は、村を完全に破壊し今では廃墟が残るのみである。
当初は地震と報じられた災害だったが、秋田、岩手の地震観測所の観測結果によると当時それほど大きな地震は発生しておらず、その後、台風による大規模な土砂崩れによる崩壊と修正があった。
しかもそれは、同時多発的に村を包み込むように・・・しかし、山臥村周辺の地盤はまったく安定していて、また平安の昔から集落が確認されており、過去に遡ってもこれほど大きな山崩れは記録にない。
それを根拠に、山崩れや地下水による土砂崩れによる災害の可能性は薄いと評論する学者もいたが、結局、崩落の原因を追究するにはいたらず、昭和最悪の山崩れ災害として記録に残るのみである。
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人口1000人に満たない村の人口の半数以上の死傷者を出したこの災害は、村を完全に破壊し今では廃墟が残るのみである。
当初は地震と報じられた災害だったが、秋田、岩手の地震観測所の観測結果によると当時それほど大きな地震は発生しておらず、その後、台風による大規模な土砂崩れによる崩壊と修正があった。
しかもそれは、同時多発的に村を包み込むように・・・しかし、山臥村周辺の地盤はまったく安定していて、また平安の昔から集落が確認されており、過去に遡ってもこれほど大きな山崩れは記録にない。
それを根拠に、山崩れや地下水による土砂崩れによる災害の可能性は薄いと評論する学者もいたが、結局、崩落の原因を追究するにはいたらず、昭和最悪の山崩れ災害として記録に残るのみである。