塩山紀生 盐山纪生

  • 简体中文名: 盐山纪生
  • 别名: しおやまのりお
  • Shioyama Norio
  • 性别:
  • 生日: 1940年3月28日
  • 卒日: 2017年4月13日

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职业: 制作人员

アニメーター、イラストレーター。熊本県出身。
『ハリスの旋風』でデビュー。代表作は『装甲騎兵ボトムズ』『鎧伝サムライトルーパー』など。

7人兄弟の3番目として生まれる。実家は砂糖問屋の商家。小学生時代は絵描きという仕事が良くわからず、むしろ夏目漱石や芥川龍之介に憧れて、作家になりたいと思っていた。
後に絵画に凝るようになり、サラリーマンを2年間していた頃も休みの日には絵をよく描いていた。地元・熊本の新聞社で「日曜マンガ」を募集していることを知り、そこにナンセンス漫画のような作品などを投稿し始め、出すたびに入選していたという。
1961年上京。上京当初は東京で新聞販売店で住み込みながらで働く日々を送る。1966年、はてなプロ入社、1970年、村田耕一、小松原一男、米川功真と共に「OH!プロダクション」を設立。OH!プロダクション退社後はフリーアニメーターとしてタツノコプロ作品を初め多くのサンライズ作品の作画監督を務める。
初のキャラクターデザインを担当した『無敵鋼人ダイターン3』(1978年 - 1979年)最終回は「アニメに対する自分の想いを込めた」と高橋良輔との対談で述懐しているとおり、独特の荒々しくも力強いタッチで迫力ある画面を描き出している。
その後、高橋良輔のリアルロボット路線第1弾『太陽の牙ダグラム』(1981年 - 1983年)において作画監督チーフを務めたのち、『装甲騎兵ボトムズ』(1983年 - 1984年)、『機甲界ガリアン』(1984年 - 1985年)、『鎧伝サムライトルーパー』(1988年 - 1989年)のキャラクターデザイン/作画監督チーフを歴任した。

『ボトムズ』で谷口守泰、『サムライトルーパー』では村瀬修功と、塩山のオリジナルデザインを独自にアレンジした作画監督が、それをきっかけにしてスターアニメーターとなった。そのような独自のアレンジが可能だった理由については「塩山のキャラ造形がノーブルで嫌味のないスタンダートなものだから」と言う評と共に、塩山自身が「絵描きにはそれぞれ癖がある。」といい、作画担当の個性を否定しなかった柔軟性を持っていたことが挙げられる。特に『ボトムズ』では谷口のアレンジに対し、塩山はむしろ谷口の姿勢を擁護、支持した。
また高橋良輔は、塩山との出会いが自身の創作の原動力になったと述べている。
なお塩山自身『機甲戦記ドラグナー』に原画で参加した際にはオープニングアニメーションを担当した大張正己他同作品に参加してる若手アニメーターたちの感性に着目し、作画を行う際彼らの個性的な描き方を参考にした事が「ニュータイプ」の記事で明らかにされていた[8]。
絵や作品の特徴について「純」「筆の勢い・大胆さ」「描線の美」「男っぽさ」「力強さ」「ダイナミックな線」「生々しいタッチ・存在感」「劇画調」などと言った評価が見られる。

2017年4月13日、居住していた埼玉県三郷市の団地で未明に火事が発生し、妻とともに遺体となって発見される。77歳没。

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吐槽箱

#1 - 2018-1-11 22:10
(Antitheism)
R.I.P
#2 - 2019-12-5 23:23
(ねえ、心葉くん。いつか小説を書いてね。 ... ... ... ...)
只有面对盐山先生的时候我是沉默的,这是我能献上的最高的赞美